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まるで、ギロチンを目の前にした気分。 明日、髪の毛を切る。 ばっさり。 何も罪はないけど、長い間、長い髪の毛が邪魔だったのに、 いろいろな理由といろいろな甘えでのびていた髪の毛。 いつからかな、前髪と後ろ髪の区別なくなってたね。 とりあえず同じ美容師さんに毎回同じように切ってもらう繰り返しをしているうちに、いつかなくなったね。 とくにそこがポイントではなかったからね。 ポイントである髪の毛に対する優しさの気持ちが芽生えたのは、3年前かな。 お肌とか、目とか、とってもとっても敏感に扱うのに、 なぜ髪の毛だけ、わざわざ染料薬を使って痛めつけるのかって悲しくなったのがきっかけ。 黒い髪の毛がいい。って日本舞踊始めた頃から、思いながらも、 自分には似合わないなって日本人らしさをあきらめていたことがいやだったのに、 今やすっかり、茶色に染められ、加えて前髪と後ろ髪の区別がないので、 一体どこから来た人か分からないからと、ついには英語で話しかけられるということでしょうし。 というわけで、元も子もないため、決心しました。 今の美容室では、前髪を切りたいといっても聞いてくれないので、 昔の記憶を頼りに、一時期、会うたびに励まされてたメイクアップアーティストに電話した。 いいよ、おいで。と言ってもらえて、なんだか、甘えていいんだってホッとした。 それが明日。 シャワー台へ座り、鏡の前で相談するとき、 それが運命だって分かっていても、なんだか、すっごく逃げ出したくなる気分になる。 決めたことに進む勢いと、そこを客観的に見て、立ち止まる自分との葛藤は、 マリーアントワネットが長い人生を絶つときに、似て・・・ないか。 いや、スケールは違えど、似てるかな。
I sometimes slice the time and collect in a bag. but I left the bag somewhere. I don't know where its gone. I called the name of bag, shouted, called it again and listened carefully, but never showed up. It seems it never come back. Now I wonder how I can hold the slice of the time. even I found the bag, I won't be able to touch the time, feel it, or smell it. What I wanted to get back!? It is anyway only in my mind. You don't have to call its name or shout, just leave it. Let it go. Bye my bag never back.
バリが大雨だと連絡があった。 涙の代わりにすべて降り切ってほしいと思った。それも土砂降りに。 涙ぼくろがあると言われた。別に今泣くわけでないけど、 今後一時も泣きたくないから、どうぞそちらでどしゃぶっていてほしい。 世界は不可視的につながってて、それが見えたときの驚きといったら、爆発だね。 バっーンってシンバルの音が鼓膜を破きそうになって、 両目もできるだけ空気が入らないようにぎゅ~って閉じてしまうほどの爆発。 別にそれが何の意味もなく、根拠もなく、とめどなくとも、うなづける爆発。 ほかの人には見えないから、自分だけの爆発。 だから別に、私がバリの大雨と、涙のコップを重ねてしまっても誰にも迷惑がかからない、はず。 今いる場所から見えなくても、触れなくても、ぎゅっとなる衝撃は今年多かったよ。 想像と現実の世界は、そうやって共存していくものだと思ってるし。 でないと、すべてを経験はできないでしょうし。 それぐらいしかできないでしょうし。 あのとき、日本にいる決意をして、正しかったかどうだったか、 まだ分からない、、、と思う日は長く続いた。 この悩みに終止符とはいかずとも、休符を4拍ほどとって、すこし考えた。 今日はやはり、日本にいることで生まれた価値が最高値に達したのでは、と振り返って思う。 地に足を着ける大切さに気付かせてくれた人。貴重な人。 今日は国立劇場にて、尾上流の菊之丞襲名披露会だった。 尾上青楓さんが、襲名するとても大きな会。 その3日間の会の最終日にて、私の師匠尾上京先生が「春興鏡獅子」の獅子を演じられた。 そのすばらしい舞に、拍手喝采、終わってからも、ロビーで賞賛の声が鳴り止まないほど。 前半のしなやかな手の動きにうっとりしたかと思うと、獅子となり再び登場した先生。 海老蔵さんが復活されたときに演じたこの演目は、男性でも大変なもの。 獅子になりきった毛振りの様は、まさに獅子。 すべての厄を追い払うほどの勢いがありました。 いつもお手伝いさせていただいて感じることは、 たくさんの人が先生を応援し、さまざまな人がつながっている。 Facebookとはまったく違う感覚でつながっていて、安心感がある。 私も偶然、ヴァイオリン教室でご一緒させていただいている方にばったり会ったり、 会社関係でのつながりや、過去に仕事で取材した方など、 つながっていることが分かりえなかったであろう人々が一斉に集ったようだった。 伝統芸能系のみならず、分野も幅広くファンがいるのは、尾上流の特徴でしょう。 京都で習っていた時は、凝り固まった印象のまま、舞妓さんたちに挨拶していたが、 じつは、outsiderにとっては、とても開けた世界だとやっとわかってきた。 日本舞踊に心が惹かれる一方で、ヴァイオリンもとても好きな私。 技術は別として、一生付き合いたい相手。 どちらかひとつにしないと、まったくリンクしない世界同士だろうと思っていたのだが・・・ 尾上流や、市川染五郎さんなど、現代舞踊を創造されている方々は、 クラシック音楽にも振り付けをし、実際にコンサートホールで演じられることもある。 そんなことを聞き、先生と話していると、先生から奇跡のオファーが。 来年開催する予定の予定の演奏会では、先生とのリサイタルを実現しよう! と、少し口約束したので、早速、ヴァイオリンにも力を入れているのである。 迷った結果、選んだのは、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。 もしくはパガニーニの無伴奏。もしくはヴィタリの協奏曲。と、実はまだ決まっていないけれど、 先生からのせっかくのお誘いを無駄にしないような一曲にしたいので、最後の3曲でとても悩んでいます。 あのとき、この地を離れていたら、この奇跡のオファーが出ただろうか。 そんなの分からないけれど、この場にいないと感じられなかったであろう伝統芸能の臨場感と迫力が 今日の安心につながったのであるぅ。 11月には先斗町でのお披露目会が控えている。 春雨という、私には似合わない可愛らしい演目だけど、短い時間での練習に不安が募る。 とにかく、足の筋肉が足りないから、ほぼ毎週トレーナーとともに鍛えているのだけど、 まだまだ足りない・・・どうにか間に合わせたい気持ち、あせる。 明日から階段を使おう。 風にようにふらふら舞って、やっと波がおきたので、 サーフィンできないけど、サーフィンしたい気分がなんとなくわかる今この瞬間。
実は、最近思い出の地に引っ越してきました。 そう、入社日の前日に桜を見た、あの場所へ。 春に来る予定が、少し遅れてしまいました。 とても悔しいです。 しかし、奇跡的に先週、春が訪れたのです。 何回も言っていて、気持ち悪いぐらいですが、 リハーサルでもそこまで咲き誇らなかった春が、 本番で、見事咲き誇り、「ブラボー」がでました(身内でした)。 一生懸命譜面を追っていた目も、そのうち、視界が広がって、 そのうち、弓と指がなぜか風のようになびいて、 まるで、すこし宙に浮いているようでした。 買ったばかりのドレスの丈が少し長かったので、 少し浮いてちょうどだったでしょう。 拍手とブラボーだけでもとてもうれしいのに、 すれ違う人がいろいろと感想を聞かせてくれました。 なるほど、そのように聞こえているのかととても勉強になりました。 それもこれも、ベートーベンのおかげだと思いました。 弾く人も聴く人もつぼみとなり、花となる、魔法の曲でしょう! Jan先生とのスプリングソナタの練習も終わってしまうかと思うとさみしいです。 もう二度とできないようなレッスンでしょう。 ・二人で、風になりきりました。 ・楽器を置いて、手を横に伸ばし、タコのようにふにゃふにゃしました。 ・お互い、指の圧力を確かめ、お花のつぼみの表現を身につけました。 ・蝶が飛んできて、お花に止まる情景を物語にしながら弾きました。 ・屈伸を使い、磁力を感じながら、お花が咲く瞬間の音を探しました。 というような1時間のレッスンは、いつも時間がオーバーです。 そして、演奏会最後は、弦楽器のアンサンブルでカノンを。 あんなに舞台で笑い転げたのは初めてでした。 ステージへ出て並んで、お辞儀の合図をして、 先生が指揮の位置について、さぁ調弦をしましょうと合図をだしたら、 ある男性がヴァイオリンの肩当を忘れていました。 それがなければ彼は弾けないでしょう。 先生があわてて、更衣室へ取りに行きました。 しかし、彼は、ロッカーのカギを持っていたので、先生を追いかけてステージから去って行きました。 第3ヴァイオリンがいないアンサンブルは、始められず、チェロ二台もあきれた顔で、彼らの戻りを待ちました。 ざわめく会場をなだめて、やっとカノンが始められました。 ほんとうに、のだめカンタービレのようでした。 初対面のアンサンブルだったけど、一緒に弾くだけで、なぜか許しあえる団結力ができるのは不思議です。 そして、何もなかったかのようにステージを去って、 そして何事もなかったかのように、会場も去って。 一期一会なかんじです。 震災後、延びに延びた演奏会でしたが、やっと、春が来たわけです。 あとは、フィアンセが伴奏を練習するだけです。 ”スプリング”ソナタだからこそ引っ越した意味があるのです。 来年の春が楽しみです!
よくあることですが、まさか区役所という公の場で、起こるとは思えなかった現象で。 ただ印鑑証明書を作りにいって、混んでたけどやっと番が来ておじさんの前に座ったら、 かれは私に では、まず、外国人登録証明書をだしてください と真面目にいったので、すかさず私は 日本人です といってしまった! 何人に見えますかって聞けばよかったと、終始後悔しながら、 きまづい雰囲気の中、手続きは終了しました。
あといったら、あ いといったら、い うといったら、う この星は、ロボットが住んでいるのか! 赤いボタンと青いボタンを押し間違えてみたいわ。 ロボットの気持ちになってみました。 青をつけたくても赤になって、 赤をつけたくても黄色止まり。 えといっても、お おといっても、け! ギギギギギ~ガシャン、ピュ~
心の中で、過去と未来が衝突してしまいました! おっきな音がしました! まるで、あの星とこの星がすごい勢いでぶつかってしまったようでした。 何光年も離れてるはずの星と星がぶつかりました! 動いているからぶつかるのは仕方ないけど、衝突しないように注意が必要だったでしょう。 もう一度スローモーションで見てみましょう。
ために寝られないみたい。 引っ越したら冷蔵庫をどこに置くか、考えながら寝ようと思ったけど、 置く場所がないんじゃないかって心配になって、眠れない。 でも、冷蔵庫ごときでこんなに悩むような私ではないから、時差ぼけだと思う。 そういえばバーゼルのことを書き忘れたから、書き留めておこうかな。 最初と最後は、バーゼルのお家で過ごした。 かけっこしたり、サイクリングしたり、通ってた高校見に行ったり。 農園見に行ったり、ヴィトラ美術館行ったり、ドイツいったり。 ある日、若手演奏家を育てているある素敵なおじ様を訪ねた。 まるで自分の子供のように可愛がっていて、すごく人生を楽しんでいるような模様だった。 コレクションに興味のある私には、何時間も何日もお家の中を見回っていても 飽きないようなお家だったのに、ずっとおじ様の話ですぐ時間が過ぎてしまった。 もちろん、私も聞き入っていたので、玄関からリビングに向かう間にあった廊下と リビングに置いてあるものをちらちらと見ただけだったけど、たくさんのものがとても整頓されて見えた。 たくさんあれば、イライラしそうなのだけど、等間隔に、素敵なものが素敵に置いてあって、素敵に見えた。 そして主に日本のもの。 そんな彼は、震災のとき、日本にいた。 そして日本の支援をした。 そしてスイスに帰国してからも日本を応援した、支えた。 いかに支えたか、彼から直接聞いた。 ただのお話ではなく、何かを訴えていた。 遠くに住んでいる人だからこそ、その訴えが強く聞こえた。 学校でも募金活動が盛んだと。 チャリティコンサートなんてすぐに満席。 スイスで日本を見ましたね。 ヨーロッパのスイスと、 アジアの日本は何か似ていると言っていた人がいた。 うん、なるほどね。 九州ほどの面積のスイス。 ん~不思議な国です。 なぜ、アートバーゼルが、バーゼル時計市が、 ダボス会議が。 常に世界をマーケットとしてとらえてますね。
ベルンで、こんな思い出ができるとは予想もしていませんでしたけど、 ベルンの街、全体を使って、鬼ごっこをしました。 スタートは、ホテルの朝食。 ポール・クリー美術館が休館だったことを受けて、鬼ごっこ開始。 先をあるく鬼に見つからないように、路面電車に乗り、 窓から外を眺めながら、鬼が追いかけてくるのをさらっと流す。 大聖堂の塔に駆け上がり、鬼の居場所を確認。 安全地帯で美しいベルンの街並みを見渡しながら、しばし休憩。 大聖堂の署名欄に謎のメッセージを残し、足跡を消すかのように街中へ。 しかし、大聖堂へ向かったはずの鬼に街中で出くわしてしまう。 行きかう路面電車の影をすり抜け、電話中の鬼の視界から姿を消す。 かわいい小物屋さんで思う存分お買い物をし、大聖堂の鬼からのメッセージを見に行ったが、 教会はすでにしまっていた。 疲れた私は、かわいいベルンの街並みが見渡せるレストランで、鬼の帰りを待ちました。 ノートに落書きをしていると、陽気なオーナーが出てきて、チョコレートをくれました。 誰かを待っても待っても、その人が現れない様子を察してくれました。 約2時間後、鬼が到着しました。 食事中にオーナーにあやされて、疲れを吹っ飛ばせた私は、 今度冬にベルンに来た時に、オーナーにお土産を持ってこなければね、と思ってます。
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